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生年月日
  • 1957年12月10日 酉年
身長、体重
  • 183cm 78kg
性別
出身地
経歴
  • 兵庫県で、保育所から、高校まで歩いて通う。
  • 1976年 大学進学時に、花の都、大東京に住むつもりが、勢い余って、千葉県に住むことになる。
  • 大学卒業時、パチプロを目指すも、とりあえずということで、埼玉の金型製作会社に就職。
    仕事に飽きたので、5年で退職。
  • 1985年 語学留学という名目で、一ヵ月半オーストラリアのシドニーに滞在。
  • 帰国後埼玉の金型を作っている町工場に勤める。
    初出勤の日、定時に行くと、誰も来ていなかったので、その日は休みかと思った。
    次の日から先輩の皆さんに出勤時刻を合わせる。
  • ふと、日本語教師になろうと思い立ち、 日本語教師養成コース 教授理論課程と、専門実習コースを二年間、会社を午後に早退して、受講する。
    新宿にある日本語学校の教員試験を受け、合格するが、あまりの給料の安さに愕然として、辞退する。
  • 1988年 町工場を退職する。
    「やめられたら設計する人がいなくて困る。」
    「何もしていないんだったら、家で設計してよ。」
    特にすることもなかったので、ご要望にお答えして、金型設計の仕事を請ける。
    ほかの金型メーカーからも注文が入り、大塚金型設計事務所として、自営業が成り立ってしまう。
  • 少し設計の仕事に飽きてきたころ、
    「タイに仕事に行かない?」
    と知り合いから電話がある。
    面白そうだったのでその話に乗る。
  • 1989年 国際協力事業団(現、国際協力機構)JICAの専門家としてタイの金型プロジェクトに参加する。
    初めてタイに渡る。
    任期は11ヶ月。
  • 任期を終え、日本に戻り、以前からの設計の仕事を再開することにしたが、手で図面を書くのは面倒になってきたので、当時800万円以上もしたCADシステムを買う。
  • 1990年 タイが懐かしくて遊びに行く。
    「もう一度タイに来ない?」
    と誘われるが、日本の仕事もあったので断ろう、と思ったが、タイに来たかったので、三ヶ月の契約で、再び、国際協力事業団の専門家としてタイに赴任する。
  • 帰国後、設計の仕事を続ける。
  • 1991年 「大塚君、時間ある?」
    「なんでしょう」
    「今度上海で金型プロジェクトやるから、日本の国内委員会の委員になってよ。」
    「いいですよ」
    というわけで、 金型プロジェクトの国内委員を五年間勤める。
    その間、上海にも、専門家として、六ヶ月滞在する。
    上海の 復旦大学の女子学生の家庭教師に中国語を教わる。
  • 帰国後、スミダ中小企業センターという、墨田区のお役所で、二年間、技術相談員という仕事もする。
  • そのころ久しぶりに、タイ工業省に務めるタイ人の知り合いから電話がある。
    「誰かタイで金型教えてくれる人いないかな。」
    私が行くことにする。
  • 1996年 から二年間、海外貿易開発協会JODCの専門家として、 アユタヤのローカルの金型会社に技術指導に行く。
    普段仕事は英語でコミュニケーションしていたが、タイ語を勉強する必要に駆られて、バンコクのタイ語学校に電話する。
    「そちらでタイ語の先生を家まで派遣してくれるんですよね。」
    「はい、だいじょうぶですよ。家はどこですか。」
    「アユタヤです。」
    「アユタヤ? ハ ハ ハ 無理です。」
    タイ語の勉強、あきらめる。
  • 1998年 任期が終わり、路頭に迷いそうになったとき、アユタヤの日系の会社に拾われる。
    何の因果か、一緒に住んでいたタイ人の女の子に子供ができ、 あわてて結婚式をして、籍を入れる。
  • 1999年タイで再び、 国際協力事業団JICAが金型のプロジェクトをするということで、日系企業を退社し、またまた、国際協力事業団の専門家として、タイに住むことになる。
    バンコクに住んでいたので、今度こそ、タイ語の勉強をする。
  • 2002年 三年間の任期が終わり、またまた路頭に迷いそうになったとき、 プラスチックの成型とか、金型製作をやっているタイの会社の社長から、金型工場の面倒を見てほしいと依頼される。
    金型工場の面倒なんて、私には見られないので、設計と、NCプログラムの面倒だけね。
    ということで、合弁で、Otsuka Mold Design Co.,Ltd.を設立する。
  • 一年半やってみたが、全然儲かる気配がないので、会社をたたむことにする。
  • 会社をたたむと、私がタイに住み続けられない。
    自宅に、家内が勝手に買ってきた、タイ雑貨が飾られているのを見て、日本の皆様に紹介したいと思い、
    2004年 新たに、Sin Phothong Co.,Ltd.という会社を作り、タイ雑貨のネット販売をすることにした。
    が、タイからのEMSの送料値上げ等により、タイから直接送るというのは難しいと考えつつある。
  • このような事もあろうかと、Sin Phothong Co.,Ltd.の業務内容に、Otsuka Mold Design Co.,Ltd.で行っていた金型関係の設計とかコンサルの仕事を、盛り込んでいたので、現在は、タイ雑貨の販売は保留として、以前と同じように、金型の設計をしている。
賞罰
  • 2003年、バンコクの高速道路で、スピード違反でおまわりさんに捕まる。
    200バーツ、で許してもらう。
好きな言葉
  • 自由

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